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教員コラム

2020.12.11 - コミュニケーション学科  ソーシャルディスタンス

ソーシャルディスタンスという言葉が使われるようになってから、半年以上がたちました。関東学院大学構内にも、ソーシャルディスタンスの確保を呼び掛ける看板が多数あります。
しかし、この「ソーシャルディスタンス」という言葉には違和感を抱きます。「社会的距離」という言葉は、言葉の意味通りに解釈すると、ある人と別の人との仲が良いあるいは疎遠であるといった、社会的関係性を表す言葉ではないでしょうか。あるいはいわゆるパーソナルスペースといった、知らない人がある程度の距離を保とうとする心理学的効果を表現する言葉ではないでしょうか。「2m以上の距離をあける」というのは、社会的な関係性とは無関係ですので、「物理的距離・フィジカルディスタンス」ではないのでしょうか。

そう思って調べてみると、英語では、”Social Distancing”というのが正しいようです。「社会における距離の取り方」ということで、こちらであればそれほど不自然に感じません。

さて、ソーシャルディスタンスの本来の意味であるパーソナルスペースの例としてよく取り上げられるものに、「鴨川等間隔の法則」というものがあります。これは、京都の鴨川の川べりで、

人がきれいに等間隔で並んで座っている

というものです。

下の写真はWikipediaから転載した鴨川の河原の写真です。でも、これを見て、「等間隔である」と思うでしょうか。赤と青の矢印を比較すると、距離に2倍近く差があります。私が実際に鴨川の河原を見て、「等間隔だ」と感じたことは一度もなく、間隔の短いところと長いところには、ほとんどの場合に2倍以上の差がありました。

図1. 鴨川の川べり  Wikipediaの「鴨川」記事内の写真よりCC-BY-SA 3.0のもとで引用・加筆

この法則の派生版として、
人が近くに座って、等間隔の法則が崩れそうになると、座っている人々が少しずつずれて行って、等間隔になる
というものもあります。しかし、これも、実際に人がずれている場面を見たことはなく、むしろ普通に考えれば、居心地が悪いと感じれば、少しずつ動くのではなく、立ち上がってどこかに行ってしまうのではないでしょうか。そういうわけで、「鴨川等間隔の法則」は都市伝説なのであろう、と長く思っていました。

今回、ソーシャルディスタンスが話題になりましたので、「鴨川等間隔の法則」を思い出し、だれかきちんと調べた人はいないものか、と思い文献調査をしてみると、文献1文献2が見つかりました。文献1では、(Ⅳ)にて、等間隔にはなっていないことが示されており、(Ⅲ)では、サクラを用意し鴨川の河原に座っている人のそばに座らせてみても、人は移動せず、居心地が悪くなって立ち去るということも立証できず、そのまま座り続けていることが多いことが示されています。文献2では、実際に人の間の距離を計測して集計していますが、等間隔なのであれば、文献中に示されている図において右上45度方向の赤線上にデータ点が並ぶはずです。しかし、実際の計測データはばらつきが大きく、等間隔ではないことを示しています。

では、「鴨川等間隔の法則」はまったくの間違いなのか、というと、もう少し考える必要がありそうです。そもそも、人が出入りする状況では、知らない人同士が最大限に距離をあけようとしても等間隔性を維持できないことは容易に理解できます。

右の図2で、最初の状態(A)では5人が等間隔に座っている状態にします。その後、左から2番目の人が抜けると(B)の状態になり、最短と最長の違いは2倍になります。さらに1人抜けて(C)の状態になると、最短と最長の違いは3倍になります。1人が新たに加わると、最大限の距離をあけようとすれば、(D)の状態となり、最短と最長の違いは1.5倍になります。さらに1人が新たに加わると、最大限の距離をあけようとしても(E)の状態になり、最短と最長の違いは2倍になります。

このように、人の出入りがある状況では、最大限に距離を確保しようとしても、つまり「等間隔の法則」を実現しようと最大限の努力をしても、間隔には2倍以上の開きが出てしまうことがほとんどになってしまうのではないか、と予想できます。

こういったことをより正確に知るには、コンピュータを用いた数値実験を用います。詳細は省略しますが、
・10人の人が等間隔に座っている状態から始める
・両端の人は固定する
・両端以外の8人の人は、一定確率で出たり入ったりする
・入る人は、最も間隔があいている箇所の中央に座る
・最短間隔と最長間隔の比を計算する
という過程を100万回繰り返し、最長間隔/最短間隔 の分布を調べました。

その結果を図3に示します。整数倍になる場合にピークが出る傾向にありますが、最長距離/最短距離が2以上になる場合がほとんどであることがわかります。等間隔であることの基準として、最短距離と最長距離の比が1.2倍以内であることを課すと、その確率は0.3%となります。最短距離と最長距離の比が1.5倍以内の確率であれば2.9%、2倍以上になる確率は78.1%となりました。おおむね実感に合致している結果です。

図3. 数値実験結果  横軸:最長距離/最短距離,縦軸:度数

 

つまり、
等間隔であろうと努力しても、等間隔になる確率は0.3%でしかなく、2倍以上の開きが出る確率が78%である
ということになり、見た目にはほとんど等間隔にはなりえないことがわかります。

以上の分析から、「根源的な意味では、等間隔の法則の背後に潜む原理は間違っていないが、現象としては等間隔には見えない」と言えます。

 

この事例を通じて私が言いたいことが2点あります。

第一点は、
伝聞情報を検証せずに安易に受け入れてはいけない
ということです。上の例の「等間隔である」という伝聞情報は、きちんと検証して、内容を確認する必要がありました。コミュニケーション学科の学生は多くはコミュニケーション上手であり、学生間で情報交換を多く行っています。ただ、友人から聞いたという情報を確認せずに鵜呑みにしている事例も見かけます。大学生になったら、情報を自身が確認するという姿勢が必要です。

第二点は、
データを集めて、データが示す事象を表面的に理解するだけでは十分ではない
ということです。上の例では、一見すると等間隔に見えないデータですが、背後にあるルールとしては、人々は等間隔にしようとしていることがわかります。学生が提出するレポート類を読むと、頑張ってデータを集めているのは大変すばらしいのですが、それで満足してそのまま結論としている事例をしばしば見かけます。しかしながら、データはあくまでもデータにすぎません。データを解析し、背後にある原理を踏まえて内容を解釈できて初めてデータは生きたものとなります。

大学生になったら、このような視点を忘れずに、勉学に励んでいただきたいと思います。