佐々 牧雄

生成AIと授業レポート  〜「使うな」から「問い直す」へ

2026.09.20

今の学生に、「生成AIを使ってはいけない」と言い切ることは、もう難しい。
文章を整える。考えを整理する。知らないことを調べる。アイデアを広げる。生成AIは、すでにさまざまな場面で使われている。大学を卒業して社会に出れば、それを使いこなす力を求められる場面も増えていくだろう。
そう考えると、大学で教えるべきなのは「使わないこと」ではなく、「どう使うか」なのだと思う。
ところが、そんな私も、ある授業で学生たちに、
「今回だけは、生成AIを使わずに、自分で考えて書いてください」
と課題を出した。生成AIの便利さに頼る前に、自分で観察し、考え、言葉を探す経験をしてほしかったからである。提出されたレポートの中に、どうしても気になるものがあった。整いすぎている。表現に迷いがなく、授業中の本人の言葉とも少し違うように感じられた。
私はその文章をChatGPTに貼り付け、尋ねてみた。
「このレポートは、あなたが書いたものですか」
するとChatGPTは、「AIが書いた可能性は85%程度」と答え、その理由まで、もっともらしく説明した。
「やはりそうか」
一瞬、私はそう思った。
しかし、ここには大きな落とし穴がある。ChatGPTは、自分が過去に作成した文章を記憶し、照合しているわけではない。文章を読んで、それらしい特徴を挙げて回答したにすぎない。「85%」という数字にも、確かな根拠があるわけではなかった。
学生が生成AIの答えを鵜呑みにすることを心配していた私自身が、生成AIの回答を信じかけていたのである。
この経験から、生成AI時代に必要なのは、「使ったか、使わなかったか」という二者択一だけではないと気づいた。重要なのは、目の前に示された情報を、そのまま受け取らずに問い直す力である。
聖路加国際大学の中山和弘教授は、情報の信頼性を確かめるための五つの視点を、「か・ち・も・な・い」という言葉で示している。
「か」――書いた人は誰か。
「ち」――違う情報と比べたか。
「も」――元ネタ、つまり根拠は何か。
「な」――何のための情報か。
「い」――いつの情報か。
もともとは健康・医療情報を見極めるために紹介された考え方だが、生成AIとの付き合い方にも、そのまま当てはまる。
たとえば、生成AIが示した「85%」に対しても、問い直すことができる。
「か」――誰が、どのような方法で判定したのか。
「ち」――ほかの情報や本人の説明と比べたのか。
「も」――数字の根拠は示されているのか。
「な」――その回答は何を目的として生成されたのか。
「い」――いつの知識や仕組みに基づいているのか。
こうして考えると、問題は生成AIを使うこと自体ではない。生成AIが出した文章を自分で確かめず、自分の考えとして提出してしまうことにある。
生成AIは、答えを出してくれる。しかし、その答えが正しいかどうかまで保証してくれるわけではない。
これからの授業では、生成AIに「答えてもらう力」だけではなく、その答えに「本当ですか」と問い返す力を育てたい。そして最後に、自分は何を考え、何を選ぶのかを、自分の言葉で説明できる学生になってほしい。
「生成AIを使わない教育」から、「生成AIを疑いながら使う教育」へ。
教員である私自身も、学生と一緒に、その使い方を学んでいる。
まだ、道なかばである。

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