2026年は国連が定めた「牧草地と牧畜民のための国際年」です
2026.09.07はじめまして、本年度よりコミュニケーション学科に講師として着任した寺尾と申します。コミュニケーション学科では主にグローバル領域の科目(ホスピタリティやフィールドワークなど)を担当していて、社会人類学・モンゴル地域研究を専門としています。
モンゴルというと、広い草原を駆ける馬や、ヒツジを追う遊牧民の姿などが思い浮かぶでしょうか。その一方で、首都ウランバートルでは都市生活の発展と拡大が急速に進み、カフェ、ファッション、音楽など若い世代の文化や産業も活気づいています。家畜とともに生きる草原の暮らしと都市のカルチャーが混交し、日々ダイナミックに変化しているのが現代モンゴル社会・文化の大きな特徴です。
私が研究している西部地域では季節ごとに放牧地(宿営地)を移動する遊牧民と定住している人たちとが相互に支え合っており、コミュニティの生活全体が宿営地の移動や牧畜労働のリズムに沿っています。西部地域では今年は雨も日光も十分で、とても牧草が豊かでした。現在、牧畜民は秋営地で放牧をしながら、草刈りの真最中で、湖畔に茂るヨシなどを駆り集めて干草を備蓄し、冬に備えています。11月になると冬営地に移動し、-40度にも達する厳しい冬を家畜が生き抜けるよう補助飼料などを与えながら過ごし、2~3月には冬営地では家畜の出産のためのケアを行いながら過ごします。雪が解ける頃になると子畜を伴って春営地へ移動して冬を乗り越えた家畜を回復させます。6月からは夏営地で搾乳と乳製品製造に忙しい時期を過ごします。7~8月にかけて各地で行われる夏祭り「ナーダム」が終わると、草原の牧草は秋の色に変わり、牧畜民は夏の営地から秋の営地に移動して冬越しの準備を始めます。
それぞれの放牧地は、慣習的に特定の牧民が特定の宿営地や放牧地を継続的に使うこともありますが、基本的には共有地として理解され、牧畜民たちの相互配慮と交渉のもとで利用されています。こうした牧畜文化は、モンゴルの人たちにとって、都市生活者にとってもアイデンティティの根底にあるものです。また対外的にも価値のある文化資源・観光資源であり、多くの観光客をひきつけています。
今年2026年は国連が定めた「牧草地と牧畜民のための国際年」(IYRP:International Year for Rangelands &Pastoralists)であり、こうした牧畜民の牧草地利用の権利を守る必要性や、牧畜文化の価値を発信する取り組みが世界各地で行われています。モンゴルでは上記のように、現在でも広大な草原を共有地として利用し、季節ごとに宿営地を移動する移動牧畜が行われています。しかし、世界の多くの地域では遊牧民が周縁化され、環境管理や人口管理、福祉等さまざまな理由で放牧地の定着化や農耕化が進められてきました。たとえばモンゴル高原の南側、中国内モンゴルでも国家的な環境政策や定住農耕民である漢民族との接触のなかで牧畜の定着化が進んでいます。また、地球温暖化を含むさまざまな気候変動によっても、放牧地の安定的な利用が妨げられます。
これに対し IYRPは、牧畜民の権利とローカル・ノレッジを守るための取り組みです。放牧は無計画ではなく、植生や動物との相互作用に基づく高度な知識体系に支えられていますが、都市化や気候変動、資源開発の影響でその知が失われつつあります。そのため、牧畜民・研究者や活動家からなる「放牧地と牧畜民の世界連合」が牧畜民が放牧地を利用する権利や文化、技術の保持を主張し、国連が2026年を放牧地と牧畜民の国際年と定めるに至りました。今年の1月から、国連食糧農業機構(FAO)とも連携し、世界の持続可能な発展における牧畜文化の重要性とその保護の必要性を訴える活動を展開しています。(☞IYRP2026ウェブサイト/FAOによるIYRP2026ウェブサイト)
8月にはウランバートルで、IYRP2026の世界的な集会が行われ、アフリカ、北欧、南アジア、中央アジア、南米など多くの地域から牧畜民と研究者が集まって牧畜民が保持している技術や文化の価値を確認し、その持続的な発展について議論しました。その成果は☞「ウランバートル宣言2026」としてまとめられ、同時期にウランバートルで開催された国連砂漠化対処条約第17回締約国会議(UNCCD COP17)において、牧畜文化を将来的に持続させていくための提言が行われました。こうした政策提言のほかにも、「牧畜をめぐる視点」と題したフィルム・フェスティバルなどの取り組みも行われています。関心がある方は、ぜひアクセスしてみてください。(☞Perspectives on Pastoralism Film Festival)
他の文脈では、メタン排出の問題や家畜生産の集約化がグローバルな課題として語られています。しかし牧畜文化とは本来、季節的な移動や共有地の利用を前提に、放牧を通じて自然環境と対話しながら営まれてきたものであり、人びとがその土地に暮らす動植物や生態系との関係を織りなしながら共生してきた、エコロジカルな叡智の集積です。今後も研究を通じて、牧畜文化の豊かさを探求し、伝えていきたいと考えています。
放牧地と牧畜身の世界連合がYouTubeで公開しているショート・フィルム『テス川のモンゴル人』(モンゴル西部オブス県テス群で撮影されている)。西部地域の牧畜民の生活がよく分かります。

定住集落が見渡せる丘の上でインターネット電波を拾い、インスタグラムで友人とチャットをする少女。携帯電話はスマホは、遊牧生活に最適で、モンゴルの人たちの生活に欠かせないデバイスです。広大な草原の向こうには、ロシアとの国境に位置する山脈も見えます(2025年8月寺尾撮影)
