プロジェクト科目紹介を更新しました
雪国
川端康成の「雪国」という小説を知っている人は多いと思います。「あまりにも有名な書き出しで知られている小説」などという表現で語られることも多いですが、この「あまりにも有名な書き出し」を正確に言えますでしょうか。
正解は、
国境の長いトンネルを抜けると雪国であった
です。「有名な書き出し」と言われる割には、人によって
国境の長いトンネルを抜けると、そこは雪国であった
や、
トンネルを抜けると雪国だった
など、必ずしも正確に記憶されているわけでもないようです。
特に、「そこは」が入る形で記憶している人は多いようですが、原則として文章には主語が必要ですので、主語のない本来の文章のままでは、日本語の表現上不都合なのでしょう。このあたりは、小説という文学作品であるから許される表現なのでしょう。
さて、この「国境の長いトンネル」というのは、一般に、群馬県と新潟県の境になる谷川岳の下を通る、清水トンネルのこととされています。もちろん新幹線ではなく、在来線の上越線のトンネルです。(この小説が書かれた昭和初期のころには上越線は単線でしたが、現在では複線化され、東京方面から行くと、新清水トンネルという少し長い別のトンネルを通ることになります。)
この書き出しの文章について、「冬季に東京側から清水トンネルを抜けて越後湯沢側に出ると、関東の雪のない世界からは劇的に変わった、一面雪に覆われた景色になる」などと言われることがしばしばあります。下の写真は、清水トンネルを抜けた直後の土樽駅近くの冬季の様子です。

しかし、実際に冬季に現地に行ってみると、この小説で表現されている風景とは異なることがわかります。冬季には、清水トンネルのかなり東京寄りの水上温泉あたりから、既に一面雪に覆われています。つまり
国境の長いトンネルに入る前から既に雪国であった
が現実です。現地周辺の積雪量を確認してみると、「雪国」に書かれているような情景が出現するのは、秋と冬の境目、冬と春の境目の、せいぜい一週間から十日間だけのことであることがわかります。実際に小説で想定されている時期は、12月初め頃です。 (小説ですから、現実を表現しているのではなく、世界が変わるという象徴的な意味だ、という説明はできるでしょうけれど。)
また、「雪国」は「美しい小説」と言われることも多いですが、この小説全文を読んだことはありますでしょうか。確かに、書き出しの文章は表面上美しく見えますが、小説の内容は、少なからず不気味なものです。そもそも、主人公の一人である「島村」は、妻子がありながら、働きもせず、ぶらぶらと暮らして、時々雪国の宿にやってきて芸者と・・・、という話なのですから、中学生に読ませたいような内容ではありません。
内容はかなり退廃的・破滅的で、「退廃の美学」というのであれば確かに美しいと言えますが、「美しい小説」と言う人たちは皆がそのようなことを含む複合的な意味で言っているのでしょうか。(ちなみに、「雪国」が書かれてそれほど時間が経たない頃に小林秀雄などが書いている評は、「退廃の美学」を正しく理解しています。本来的に美しくないものを、部分的に美しく見える文章で包んでいる、とでも言えばよいのでしょうか。)
学問というものは、他人が言ったことをそのまま取り入れるというものではありません。「誰かが言っている」、「友人から聞いた」、「SNSで見た」、「先生が言っていた」、「教科書に書いてあった」ではだめなのです。内容を自身で確認し、納得すること、これが、学問の基本中の基本です。
高校までの勉強では、教科書に書いてあることや、先生の言っていることをそのまま知識として取り込むことも多いと思います。大学での学問は、それとは根本的に異なり、全て自身で確認し納得しなければならないことを、知っていてください。
石井 充 先生が【 雪国 】と題した教員コラムを執筆
コミュニケーション学科の石井 充 先生が、新たな教員コラム【 雪国 】を執筆しました。教員コラムはこちら
閩南師範大学との連携プロジェクト(その2): ―中国閩南文化についてのフィールド調査・体験学習および文化交流
漳州市には古くから「漳州三宝(しょうしゅうさんぽう)」と称される3つの伝統的な名産品(宝物):「片仔癀」(明代の宮廷秘方を受け継ぐ中成薬)と「八宝印泥」(清の康熙年間に創製された、書道や絵画に使う最高級の朱肉)、「水仙花」(漳州市の市花)があります。これらはすべて、国の重要な文化遺産に指定されています。今回は「八宝印泥」の手作りを体験しました。「八宝印泥」は清代の康熙12年(1673年)に現在の福建省漳州市で創製され、のちに乾隆帝をはじめとする宮廷の朝廷専用品となりました。中国の国家級無形文化遺産にも登録されています。その手作り体験の一番の魅力は、五感で楽しむ贅沢な工程です。麝香や真珠といった貴重な天然原料を調合する際、部屋中に広がる高貴な香りに心が安らぎました。また、艾葉(よもぎ)の繊維を均一に混ぜ合わせる作業は想像以上に力が必要で、粘り気を見極める絶妙な力加減に職人の高度な技術を実感しました。完成した印泥は驚くほど鮮やかで深い赤色を放ち、時が経っても色褪せない強さを持っています。各自で一から作った世界に一つだけの工芸品は、最高の記念です。歴史ある名品に触れ、中国伝統文化の真髄を体感できる貴重なひとときとなりました。その他、無形文化遺産の布袋人形劇と木版年画、閩南風花かんざし、中国茶文化、切り絵、砂糖絵なども体験的に習いました。
今回の研修プロジェクトでは、閩南文化は単なる地方文化ではなく、中国伝統文化と海洋文化が融合した国際性の高い文化であることを理解しました。また、漳州では伝統文化を保護しながら観光資源として活用する取り組みも進められており、文化遺産保護の重要性についても学ぶことができました。日本と中国は長い歴史交流を持っており、特に福建地域は古代から日本との海上交流が盛んでいました。今回のプロジェクトは、中国文化への理解を深めるだけでなく、東アジア文化交流の歴史について考える貴重な機会となりました。
また、閩南師範大学外国語学部日本語学科との連携を通じて、隣国である中国の大学生と直接対話し、文化や価値観の相互理解を深める貴重な機会を得ました。「文化で出会い、交流で絆を深め」という主題で開催された歓迎会は、中国の豊かな伝統文化が随所に散りばめられた、非常に温かく記憶に残るものでした。異文化への誇りを持ちながら、私たちを家族のように温かく迎え入れてくれた彼らの配慮に、深い感銘を受けました。さらに「異文化コミュニケーション」という講義にも一緒に参加し文化的交流を行いました。交流の中で特に印象的だったのは、彼らの熱心な学習意欲と、将来に対する明確なビジョンです。日常会話から社会問題に至るまで、日本語を駆使して自らの意見を論理的に述べる姿に強い刺激を受けました。また、私たちが抱いていた「中国の若者」という固定観念とは異なり、アニメやSNSなど共通の趣味を楽しんでいる点も多く、同世代としての親近感を抱いました。今回の経験から、報道やインターネットの情報だけに頼らず、現地の人々と直接関わり、個人の多様性を知ることが真の国際理解につながると学びました。この交流で築いたつながりを一過性のものにせず、今後も連絡を取り合い、将来は両国の架け橋となるような活動に貢献したいとの感想が寄せられています。
今後もこの連携プロジェクトを実施して行きたいと考えています。








施 桂栄 先生が【 閩南師範大学との連携プロジェクト(その2) 】と題した教員コラムを執筆
コミュニケーション学科の施 桂栄 先生が、新たな教員コラム【 閩南師範大学との連携プロジェクト(その2):―中国閩南文化についてのフィールド調査・体験学習および文化交流 】を執筆しました。教員コラムはこちら
閩南師範大学との連携プロジェクト(その1): ―中国閩南文化についてのフィールド調査・体験学習および文化交流
2026年度のコミュニケーション・プロジェクト科目は、中国福建省漳州市にある閩南師範大学外国語学部日本語学科と連携し、現地にて閩南文化についてフィールド調査を行い体験的に理解することと、中国大学の大学生と文化的交流を行うことによって相互的理解を促進することを目的として4月下旬1週間で実施しました。漳州は福建省南部に位置し、古くから「海上シルクロード」の重要な港湾都市として発展してきた地域であり、閩南文化の重要な発祥地の一つです。特に世界文化遺産の福建土楼や伝統的な宗教文化、戯曲、方言文化などは、独特な地域文化として高い価値を持っています。
閩南文化とは、福建南部を中心に形成された地域文化であり、漳州・泉州・厦門などの地域に広く分布しています。閩南文化は中原文化と海洋文化が融合して形成されたものであり、海外華僑文化とも深い関係を持っています。閩南地域では、伝統的な宗族意識が強く、宗教信仰も盛んでおり、媽祖信仰や関帝信仰、祖先崇拝などが現在でも人々の日常生活に深く根付いています。また、閩南語は独自の言語体系を持ち、台湾文化とも密接なつながりがあります。
今回の研修で最も印象的だったのは、福建土楼の一部に属する華安土楼群の見学です。福建土楼は世界文化遺産に登録されており、漳州には多数の土楼群が存在しています。中原(黄河流域など)の漢民族である「客家」が、戦乱や迫害を逃れて南下を始めた時代で、彼らは現地先住民の襲撃や山賊から身を守るため、強固な防衛機能を持つ集合住宅を造り始めました。土楼は土や木材を用いて建築され、防御機能と共同生活機能を兼ね備えた独特の建築様式です。土楼内部では、一族が共同生活を送りながら互いに助け合う生活様式が維持されており、中国伝統社会における家族観や共同体意識を深く感じていました。また、土楼は防火、防震、防盗などの機能を備えており、昔の人々の知恵と建築技術の高さに感銘を受けました。福建土楼は2008年に世界文化遺産として登録され、「世界民居建築の奇跡」とも称されています。
それから漳州古城を訪れ、まるで歴史の教科書の中に迷い込んだかのような深い感動を覚えました。この街の最大の魅力は、唐宋の古城、明清の街並み、そして民国期の建築風貌が美しく融合し、今も「生きている古城」として息づいている点です。精巧な彫刻が施された石の牌坊や、伝統的な閩南建築の赤いレンガの街並みを歩くと、長い歳月の重みが伝わってきます。単なる観光地ではなく、現地の人々が普通に生活を営んでいる姿が、古城に温かい生命力を与えていました。歴史の深みと人々の温かい暮らしが調和した素晴らしい空間であり、過去と現代が交差する独自の魅力を肌で感じることができました。







施 桂栄 先生が【 閩南師範大学との連携プロジェクト(その1) 】と題した教員コラムを執筆
コミュニケーション学科の施 桂栄 先生が、新たな教員コラム【 閩南師範大学との連携プロジェクト(その1):―中国閩南文化についてのフィールド調査・体験学習および文化交流 】を執筆しました。教員コラムはこちら
人間共生学部 創立10周年記念講演会のご案内
関東学院大学 人間共生学部は創立10周年を迎えました。
これを記念して、創立10周年記念講演会「カンボジアの絹絣再生プロジェクトを尋ねて 〜IKTT(Innovation of Khmer Traditional Textile)の挑戦〜」を開催致します
開催日時:2026年7月11日(土)14:00~16:30
開催場所:関東学院大学 関内キャンパス 17階 ユニバーシティ・ラウンジ(〒231-8328 横浜市中区万代町1-1-1)
JR関内駅から徒歩2分
入場無料
プログラム
1. IKTT創設者・森本喜久男氏の哲学と設立の経緯(西川 潤 氏:IKTT Japan 代表)
2. 日本からIKTTをサポートする取り組みについて(伊澤 宏爾 氏:NPO「ふるさと南信州緑の基金」代表)
3. 森本氏から引き継いだもの、IKTTの現在とこれから(岩本 みどり 氏:IKTTプロダクト・マネージャー)
4. フロアとのフリートーク・セッション
5. 懇親会(軽食あり)
【同時開催】
カンボジア絹絣 展示・販売会
日時:2026年7月10日(金)〜11日(土)10:00〜17:00
場所:関東学院大学 関内キャンパス 17階 スカイビュー・テラス
主催:関東学院大学 人間共生学部
協力:関東学院大学 人間環境学会
問い合わせ先:tateyama@kanto-gakuin.ac.jp
被爆80年の広島を訪れて
2025年度のコミュニケーション・プロジェクト科目におけるグループ毎に行うフィールドワークの一つとして、被爆80年を迎える被爆地広島を訪れる海外からの観光客に訊いてみたいことをグループで話し合ってもらいました。そして実際に、広島平和記念公園で海外からの観光客に英語で話しかけて質問して、各自が折った折り鶴を通してコミュニケーションを深める試みを行ってもらいました。
そのなかの一つに「広島平和記念公園を訪れてどう感じましたか」という質問がありました。ポーランドから訪れた方は「ポーランドは、この戦争がもたらした痛みと代償を深く心に刻んでいます。あなたたちが失ったように、わたしたちもまた家を、家族を、そして大切な人びとを失いました。その記憶は、決して消えることはありません。英雄たちに永遠の栄光と敬意を。」と答え、マケドニアから訪れた方は、「私たちは、この惨劇から教訓を得て、平和のために力を合わせていかなければなりません。失われた命に安らぎが訪れ、残されたご遺族が新たな力と希望を見出せますように。」、そして、インドから訪れた方は「私の人生は、悲しみを試練の連続だと感じることがあります。けれどこの出来事を目の当たりにして、私は思いました。もっと強くなって立ち上がり、闘い抜かなければならない、と。自分自身を再びその姿が誰かの励ましとなるように、前向きに進んでいきたいと思います。」とグーグル翻訳を使って回答を得ることができたとの報告を受け取りました。
いまだロシアのウクライナ侵攻、イスラエルのガザ侵攻、米国とイスラエルのイラン攻撃の終息が見えないなか、今後、プロジェクト科目で訪れた広島平和記念公園でのこの一期一会を想い出して〈(西日本最大の軍都)廣島→(人類史上初めて核兵器の攻撃を受けた被爆都市)ヒロシマ→(戦後復興を遂げて再生した都市)広島〉を反芻してくれることを願っています。






「2025年度コミュニケーション・プロジェクト17を受講した学生の撮影写真から」
奥田 博子 先生が【 被爆80年の広島を訪れて 】と題した教員コラムを執筆
コミュニケーション学科の奥田 博子 先生が、新たな教員コラム【 被爆80年の広島を訪れて 】を執筆しました。教員コラムはこちら

クリックするとPDFが開きます(約780KB)