被爆80年の広島を訪れて
2025年度のコミュニケーション・プロジェクト科目におけるグループ毎に行うフィールドワークの一つとして、被爆80年を迎える被爆地広島を訪れる海外からの観光客に訊いてみたいことをグループで話し合ってもらいました。そして実際に、広島平和記念公園で海外からの観光客に英語で話しかけて質問して、各自が折った折り鶴を通してコミュニケーションを深める試みを行ってもらいました。
そのなかの一つに「広島平和記念公園を訪れてどう感じましたか」という質問がありました。ポーランドから訪れた方は「ポーランドは、この戦争がもたらした痛みと代償を深く心に刻んでいます。あなたたちが失ったように、わたしたちもまた家を、家族を、そして大切な人びとを失いました。その記憶は、決して消えることはありません。英雄たちに永遠の栄光と敬意を。」と答え、マケドニアから訪れた方は、「私たちは、この惨劇から教訓を得て、平和のために力を合わせていかなければなりません。失われた命に安らぎが訪れ、残されたご遺族が新たな力と希望を見出せますように。」、そして、インドから訪れた方は「私の人生は、悲しみを試練の連続だと感じることがあります。けれどこの出来事を目の当たりにして、私は思いました。もっと強くなって立ち上がり、闘い抜かなければならない、と。自分自身を再びその姿が誰かの励ましとなるように、前向きに進んでいきたいと思います。」とグーグル翻訳を使って回答を得ることができたとの報告を受け取りました。
いまだロシアのウクライナ侵攻、イスラエルのガザ侵攻、米国とイスラエルのイラン攻撃の終息が見えないなか、今後、プロジェクト科目で訪れた広島平和記念公園でのこの一期一会を想い出して〈(西日本最大の軍都)廣島→(人類史上初めて核兵器の攻撃を受けた被爆都市)ヒロシマ→(戦後復興を遂げて再生した都市)広島〉を反芻してくれることを願っています。






「2025年度コミュニケーション・プロジェクト17を受講した学生の撮影写真から」
80回忌を迎える広島で
今年度春学期のコミュニケーション・プロジェクト科目では、コロナ禍後初めて、18名の受講学生とともに被爆地ヒロシマを訪れる機会を得ました。2024年夏季オリンピック開催国フランスがロシアを除く戦勝国とドイツを招待してノルマンディー上陸作戦80周年式典を開催するのを一ヵ月後に控えるなか、あらためて被爆地ヒロシマにおける原爆投下とその後の戦後復興の痕跡を辿るフィールドワークに臨みました。
まずは、被爆地ヒロシマを訪れる外国人旅行者と修学旅行学生の多さに驚かされました。同じ観光客として、新幹線で広島駅に到着するとホテルに荷物を置き、昼食後、広島平和記念資料館の入口に集合することとしました。新型コロナウイルス感染拡大直前にリニューアルされた常設展、平和記念公園、そして原爆ドームをグループごとに巡りながら、修学旅行生がクラスごとに記念撮影をしている様子や、日本のマスメディアが80回忌を迎える8月6日の平和記念式典撮影予行練習をしている様子などを目にしました。
翌日は、原爆ドームと同時にユネスコ世界遺産に認定された宮島の厳島神社に路面電車とフェリーで向かいました。奈良公園の鹿は有名ですが、宮島に鹿がいるとは思ってもいなかった学生はびっくりしていました。江田島の海上自衛隊が訓練することで知られた弥山に途中まではロープウェイで、その後は山頂まで登って瀬戸内海を眺め、弥山から降りるとちょうど潮が引いて鳥居に近づくことができ、鳥居に触れてその大きさに感動した様子でした。
最終日は、グループごとに独自で企画したフィールドワーク計画に沿って、市内の被爆遺構を巡ったり、平和記念公園の慰霊碑・記念碑を巡ったり、マツダスタジアムに足を運んだりして、各々、軍都廣島から被爆地ヒロシマへの変遷を学習していました。
復路は、往路よりも余裕があったようで、新幹線の車両に19名でまとまって座っていたことを、他に日本人サラリーマンやアメリカ人家族旅行者が乗客としていたものの、まるで貸し切りで修学旅行のようだった、と振り返る学生もいました。
個々人が作成したポートフォリオやグループで作成したオープンキャンパス展示からは、今回の被爆地ヒロシマにおけるフィールドワークが世界の抱えるさまざまな問題に向き合う機会となったことを読み取ることができました。
附記
2025年2月、予想を上回る積雪を東北・北陸地方もたらした寒波到来のなか、2024年度ゼミナール研修@札幌及び@福岡を実施することができてほっとしました。






*写真のタイトルは「2024年度プロジェクト科目受講生のフィールドワーク撮影写真から」



*写真のタイトルは「2024年度 ゼミナールII研修@札幌参加学生の撮影写真から」







*写真のタイトルは「2024年度 ゼミナールI研修@福岡参加学生の撮影写真から」
(福岡で撮影されたものではない写真2枚を探してみてください。)
コロナ禍からの恢復に向けて
今年度春学期のプロジェクト科目では、昨年度の事前説明会の際、施先生と山田先生のプロジェクト科目とフィールドワークを実施する場所が偶然同じ―長崎―であることがわかったため、各々の目的が異なることを考慮しながら、合同でプロジェクト科目を実施する企画となりました。
78年前となる戦後復興のなかで「ナガサキを最後の被爆地に」というスローガンを掲げての戦後復興の残余を少しでも体感してもらう機会になるよう、まずは、長崎市が「国際文化都市」であることを出島、グラバー園、そして孔子廟を訪れ、それから原爆資料館をはじめとする被爆遺構を訪れる流れで計画を立てました。そうすることでオランダ、イギリス、そして中国文化が融合する長崎の風土のなかに、華僑や隠れキリシタンや被爆者といったさまざまな歴史を抱える人びとがどのように暮らしているかを捉えなおしてもらえる機会になるのでは、と考えたからでした。
とはいえ、ものごとは計画どおりに運ばないというのが世の常であり、新たな発見や想定外の驚きに繋がることになりました。とりわけ、他のプロジェクト科目の参加学生との自然発生的な共同意識や協調行動を目にすることができて、プロジェクト科目を通しての学生の成長を実感することができました。
秋学期は、現在、2年次、3年次、そして4年次のゼミナール活動として、各々、コロナ禍で企画ないし計画倒れに終わっていた、あるいは新たな関係を築く試みとして、日帰りのゼミナール研修や1泊2日の合同ゼミナール研修を実施できるよう、話し合いを重ねているところです。
「2023年度プロジェクト科目受講生のフィールドワーク撮影写真から」




コロナ禍二年目のフィールドワーク
昨年度秋学期の2年次と3年次のゼミナール活動として、各々、金沢八景シーバラダイスと鎌倉におけるフィールドワークを実施することができた。コロナ禍二年目に入って、県内に日帰りで行くことができるフィールドワーク研究のテーマ設定、研究調査の企画、そして実施を行うことを通して、なかなか企画どおりにものごとが運ばないこと、意外な発見や想定外の結果への驚きなどをゼミナールのメンバーが共有して、対面での関係性を構築していくのを目の当たりにできる大きな収穫があった。
プロジェクト科目は、今年度も、宿泊をともなう被爆地広島ないし長崎におけるフィールドワークを断念した。代わりに今年度も、春休みに受講生9名と日程調整を行って関東圏に遺る「さきの大戦」の戦跡、とりわけ県内を中心に猿島、横須賀鎮守府・海軍工廠、観音崎要塞、海軍航空技術廠や貝山・浦郷地下壕、平塚海軍火薬廠、靖国神社や千鳥ヶ淵墓苑、明治神宮などのなかから、一人4つから5つのフィールドワークに参加することとした。現在は、残る一つのフィールドワークの実施と、各自が参加したフィールドワークの研究調査の結果、その分析と検証を待っているところである。




2022年度プロジェクト科目受講生のフィールドワーク撮影写真から
フィールドワークの企画・立案、実践、分析、検証とは
昨年度プロジェクト科目では、新型コロナウイルス感染拡大のため、計画していた被爆地広島におけるフィールドワークを断念しなければならなかった。そのため、今なお感染拡大が続くなか、今年度はまず春休みに受講生6名全員とともに日程調整を行って、日帰りできる関東圏に遺る「さきの大戦」の戦跡など4つの場所を選択して、そして天気予報の月間予測などを用いてフィールドワークの企画・立案、実践、分析、検証することにした。
もちろん、感染拡大が収束もしくは終息して大学から宿泊をともなう活動が許可されるようになった場合には、あらためて被爆地広島、あるいは長崎におけるフィールドワークに行くことを提案していた。残念ながら、いまだに収束も終息も見えないため、フィールドワークを実行するうえで、オンライン授業で疲弊する学生のために年度末の忙しい時期にもかかわらず経理・事務処理を快く引き受けてくださった職員の方々に、この場を借りて心から感謝を伝えたい。
そして、日帰りで行ったフィールドワークをまとめて「視点を変えてみてみるだけで、気づけることがいくつもありました」「自分が知らなかった……知識を得ることができた」「平和に対する人々の想いがダイレクトに伝わってきました」という意見が寄せてくれた学生一人ひとりにも、コロナ禍でさまざまな制約を受けながら臨機応変に協力してくれて「どうもありがとう」と言いたい。



2021年度プロジェクト科目受講生のフィールドワーク撮影写真から
コロナ禍の一年を振り返って
新型コロナウイルスの感染拡大を受けて日常が非日常となるなかで、2020年度は5月18日に春学期の授業が始まり、入学式は秋学期のオリエンテーション期間であった9月18日に行われた。初めてのオンライン授業は学生、職員、そして教員それぞれに難しい舵取りを迫るものであった。オンライン授業と対面授業の併用となった秋学期に入ってなお、教育現場における非接触のコミュニケーションのあり方が問われている。
とりわけ、ゼミナールの課外活動・研修活動及びフィールドワークを基軸に据えたプロジェクト科目への影響は多大なものがあった。グループによるフィールドワークの企画・立案から実施、分析、そして検証を行うなかで、学生各々が頭のなかに生まれたアイディアを集める「思索」とグループで論じた仮説の素材を集めるために現地を歩き、情報を集める「探索」を通じて、多角的な角度から多様な情報を集める「探索的思考力」を養う機会が当たり前ではなくなったことを痛感している。

就職活動という関門
春学期のゼミナールは4年次のみしかないため、秋学期とは対照的に、話題は就職活動(以下、就活)一色となる。今年の「ゴールデンウィーク」は「平成」から「令和」へという時代の転換が重なって10連休ということになったが、多くのゼミ生にとっては、内々定の通知がもらえるか、あるいは「お祈りメール」が届くか、という分岐点として意識されたようである。手許に届いたメールがどちらかということで、ほっと一息ついて残りの大学生活を考える余裕が生まれるか、あるいは就活を最初からやり直さなくてはならない状況に落ち込んでしまうか、そのどちらにしても一旦立ち止まる時期に差し掛かっていたように見受けられる。
内々定を手にしたゼミ生は、その後、少し肩の力を抜いてゆったりと時間を過ごしながら、卒業プロジェクトのテーマ設定やアウトラインを考え始めた。卒業論文の執筆を選択したゼミ生は、図書館からの貸出延長手続きをした参考文献にようやく目を通してアウトラインを推敲し始めていた。それに対してスランプに陥っていたゼミ生は、梅雨に入る前には気を取り直して就活を再開していた。夏休み前には就活を終えよう、と決意も新たに自分を見つめ直して興味のある業界に絞って就活すべきか、それとも本当にやりたいことを明確にすべきか、と試行錯誤していたようでもある。
夏休みを目前に控えたゼミ生全員が納得のいくかたちで各々の就活に一区切りつけて、卒業プロジェクトや卒業論文には個々に取り組む一方、ゼミ研修旅行について全員参加で話し合いを始めることになる秋学期を楽しみにしている。

「ゼミ研修旅行」
ゼミ研修旅行は、3・4年次各々、学生自身による企画・立案に基づいて実行し、検証するという流れで行っています。今年度は、4年次のゼミでは、研修旅行先を昨年度の沖縄とは対照的に北海道に決定して以降は就職活動で忙しく、一息つく頃に少しずつ予定調整をゼミ長と何人かのメンバーが中心に構成を行って11月の旅程をできるだけ詰めています。実際のところ、3泊4日の企画を実行に移すことができるかどうか、現在はまだ、どちらも足踏み状態といったところです。
それに対して、3年次のゼミは、ゼミに所属する学生の最大公約数が研修旅行に参加できるようにまず、部活がある学生の予定を考慮して2月に実施するという予定時期が先に決まりました。それから沖縄、四国、そして大阪・京都という3つの研修旅行先に絞って、各グループで企画を立案し、発表し、そしてその投票の結果、大阪・京都へ3泊4日という企画に落ち着きました。さらにこれから、詳細な日程調整と具体的な旅程計画を立てていかなければならないと考えています。
このように、現時点では、3・4年次各々のゼミが北海道研修旅行、そして大阪・京都研修旅行という企画・立案した研修旅行を実際に思い描いたとおりに実行できるかどうか、を楽しみにしているところです。


「ある風景」
奥田 博子(コミュニケーション学科)
「ゼミ研修旅行」
ゼミ研修旅行は、どちらの学年も、学生自身による企画・立案に基づいて実行して検証するという流れで行っています。今年度は、4年次のゼミでは、研修旅行先を海外から国内に変更したものの、就職活動をはさんで各々の予定や予算がうまく一致せず企画を立案できるかどうかという段階で頓挫してしまいました。
それに対して、3年次のゼミは、2016年4月14日以降に熊本県と大分県で発生している熊本地震によって、鹿児島県与論島へ行くという2年次に企画していた当初の計画変更を余儀なくされました。日程は当初の予定通りのまま、あらためて研修旅行先を選考するにあたっては北の北海道か南の沖縄県かという二者択一の結果、沖縄本島ということになりました。移動のための交通手段が限られるためになかなか計画どおりにいかない局面もありましたが、これまでとは違った沖縄を視ることができてよかったとの意見が大勢を占めました。
現時点では、新年度、4年次となるゼミが沖縄研修旅行を踏まえて企画・立案した研修旅行を実際に遂行できるかどうか、また、3年次となるゼミが初めて企画・立案した研修旅行を実行に移すことができるかどうかを楽しみにしています。
「沖縄研修旅行の断片」

奥田 博子(コミュニケーション学科)
「ゼミ研修」
企画・立案から試行錯誤した大阪ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)への2泊3日のゼミ研修を遂行するにあたって、これまでと同様、最終局面ではすべてゼミ長に一任するかたちでいろいろなことが決まっていくという流れに終始しました。そのため、初回の授業でゼミ研修について意見を訊いたところ、「事前に計画性をもって入念な準備をしておくべきだった」といった実感のこもった発言が相次ぎました。ところが、次年度のゼミ研修の目的および場所を決めていざ企画という段になると、理想と現実のギャップはなかなか埋まらず、具体的な内容のともなった行程表の作成に至るにはまだまだ時間がかかりそうです。
そのような3年次のゼミに対して2年次のゼミはどうかというと、最初に場所を選定するにあたって国内と国外に意見が割れました。ここでどちらかに意見を集約することは賢明ではないということでクラス全体が一致し、まずは国内が2グループ、国外が3グループに分かれて各々が場所・経費・行程といった詳細を詰めたフィールド・ドリップの旅程を学期末にグループ発表することになりました。現時点では、今後、クラス全体で各々のグループのゼミ研修企画・立案を比較考量することを通じてどのように議論が収斂していくかを楽しみにしています。
「ゼミ研修の断片」
奥田 博子(コミュニケーション学科)