教員紹介

人間共生学部教員コラム vol.227

2017.10.30 共生デザイン学科 日髙 仁

空間デザインとコミュニティ・デザイン②:出雲大社神門通りの空き家再生プロジェクト

出雲大社神門通りの空き家再生ワークショップの縁側夕景、浴衣で涼む学生達

出雲大社神門通りの空き家再生ワークショップの縁側夕景、浴衣で涼む学生達

 

使われなくなって空き家を再生する、いわゆる空き家再生プロジェクトを、全国様々なところから呼んでいただき、建築家としてお手伝いしています。
その最初の試みは2010年、出雲大社参道の2軒並んだ町家の再生でした。City Switchという日豪交流のワークショップの講師として参加し、参加者の学生6名と、5日間の作業を現地で行いました。出雲大社は、言うまでもなく多くの参拝客を年間通じて集める、出雲市のまちづくりにおいて重要な名所ですが、近年、バスの駐車場が神社のすぐそばに整備されたため、それまで鉄道などを利用する人が行き交っていた神門通りという、黒松の並木も美しい、古い門前の街並みがすっかり寂れてしまっていました。2軒の町家はこのような門前のシャッター通りのような街並みにひっそりと建ち並んでいました。この地域の町家は、火災などが起きると延焼を防ぐために解体してしまうことも考慮して建てられたと言われ、簡素な造りでしたが、大正期に建てられた建物は、それでも木造の軸組が美しく、簡素さが醸し出すシンプルな爽やかさを感じる、素敵な建物でした。ここ30年間、空き家になっていたということでしたが、適切に管理されていたらしく、コンディションの良い空き家でした。
ワークショップはいつも、街の雰囲気や、風土、街並みを学ぶために、まず、自転車である程度広いエリアを周り、いくつかの店で食事などしながら、その土地の感触を身体で感じることから始めます。オーストラリアからの参加者も、国内の学生も、見知らぬ土地を体験し、次第に打ち解ける大事なひと時です。
その後、建物を片付け、掃除しながら観察し、そこを限られた時間で、どのように再生するべきかを全員で議論しました。2009年の当時は、まだ空き家問題が深刻な社会問題化する前であり、空き家再生というテーマ設定をした議論は、私としても初めてのことでした。なぜその建物が、空き家になってしまい、そのまま長い間放置されて来たのかを考え、そこがどのよう再生するのが出雲のまちやオーナーのために良いのかを全員で考えました。

空き家の様子:神門通りから2軒の町家を見る (左奥:木塀が立てられた閉鎖的な民家、右手前:元店舗の町家)

空き家の様子:神門通りから2軒の町家を見る
(左奥:木塀が立てられた閉鎖的な民家、右手前:元店舗の町家)

ワークショップによって暖簾が掛けられた町家を見る

ワークショップによって暖簾が掛けられた町家を見る

 

結果として我々が行った空き家再生は、次のようなものでした。まず、2軒とも連続する形で、外観を変化させ、空き家が賑やかに再生した様子を街の人々にイメージしてもらえるように、短冊状の暖簾をつくって軒先に吊るし、夜はその暖簾を照明で照らしました(冒頭の写真)。
また、1軒はもともとお店だった建物で、中に家具などがなく、比較的ガランとした建物でした。ここでは、学生たちが街で集めた見どころ情報などを展示し、インフォメーションセンターとしました。ここでは、学生達が浴衣を着て、おもてなしの気持ちをもって、自分たちで集めたまちのみどころ情報などを観光客などに直接伝えました。
もう一軒は、民家として使われていたもので、通りに面して畳敷きの居間が二部屋続く造りになっていました。美しい居間でしたが、残念ながら、通りに面して板塀が作られ、通りと内部は完全に遮断されていました。そこで、われわれは、板塀を取り払い、居間から通りに直接出られる、濡れ縁を作りました。塀を解体したところ、居間から障子越しに眺める神門通りの松並木がとても美しく、比較的静かな通りの風景を居間から直接楽しむことができるようになり、部屋もだいぶ明るくなりました。そこに、さらに、通りに面して濡れ縁を作る作業をスタートしました。

 

濡れ縁を作る作業風景

濡れ縁を作る作業風景

 

作業を始めると、すぐに、地域の方々が、興味津々で「何をしているの?」と我々に話しかけてくれるようになりました。縁側は簡単な造りとし、わずか1日の木工作業で完成しました。すると、縁側から、地域の方々が、居間で作業する我々に声をかけてくださるようになりました。まちの人々が縁側に腰掛け、中で作業をしている我々に話しかけ、差し入れなどを縁側から持って来てくれるようになったのです。夏でしたので、採れたての野菜や果物、氷菓子などの様々な差し入れをいただきました。また、中には、道行く人が縁側に腰掛け、少し話し込んでいく姿も見られるようになりました。わずか1日程度の作業で、こんなに家の暮らしと、街の人々との距離が縮まるものかと、作業を行った我々自身が、大変驚きました。

 

縁側に座っていただいたアイスキャンデーを食べる

縁側に座っていただいたアイスキャンデーを食べる

作業の合間に、頂いたスイカを食べてひと時の休憩

作業の合間に、頂いたスイカを食べてひと時の休憩

 

縁側で、近所のお年寄りから聞いたところによると、昔はこの地域にも各家にこうした縁側があり、学校帰りの道すがらなどに友達の家や近所のお宅で縁側に腰掛け、オヤツをいただいたり、遊んだりするのが家路の楽しみであったということです。縁側は、かしこまって訪れる玄関とは違い、誰でも気軽に立ち寄れる、コミュニティに開かれたもう一つの入り口だったのです。この記憶がまだまちの人々の中にあるからか、あるいは、日本人の遺伝子に組み込まれたものなのかわかりませんが、縁側ができることで、明らかに、まちの人々の振る舞いが変化しました。

ワークショップ参加メンバーたちと縁側で(右から3番目が筆者)

ワークショップ参加メンバーたちと縁側で(右から3番目が筆者)

 

戦後の経済成長の中で、中心市街地は過密化し、家の敷地は小さくなり、密集した近隣とのトラブルを恐れるように塀が建てられ、新建材で覆われた家の表面も急激に閉鎖的になってしまいました。アルミサッシは木製建具に比べると機密性が高く、防音性も高い製品です。そのような性能を持った製品が良しとされ、玄関には鍵がかけられるようになりました。高気密高断熱の家を作り、夏には窓を閉め切りエアコンをかけるようになると街並みは恐ろしく閉鎖的になり、もはや往時の縁側のあったコミュニティは、完全に変質してしまいました。

このワークショップを通じて、我々の少しの努力とアイディアで、空き家が生き生きとした空間になり、縁側が人々の接点になり得るという、大変新鮮で驚きのある体験をさせていただくことができましたが、町家のオーナーさんにも良いことが起こりました。
それまで空き家だと気づいていなかったまちの住民が、ワークショップで綺麗になった空き家を訪れ、そこでお店を始めたいという方が現れました。ワークショップ終了後のわずか1週間で、空き家に借り手がついたそうです。その後、居間と縁側のある町家は、素敵な雑貨屋になりました。学生が浴衣で案内したインフォメーションセンターは、オーナーのご子息がギャラリーとして活用されるようになり、現在では素敵なブーランジェリー(パン屋)になっています。こうして現実に、空き家が2軒とも蘇りました。これら空き家の再生に、我々のワークショップがささやかな一助になったとすれば、これ程嬉しいことはありません。

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空き家を改修してつくられた出雲市の観光案内所「おもてなしステーション」

空き家を改修してつくられた出雲市の観光案内所「おもてなしステーション」

 

さらに、インフォメーションセンターの様子を見た出雲市の方が、こうした動きに目を留め、その後、別の空き家を改修して、観光案内センターをオープンすることになりました。改修の設計は、City Switchプロジェクトの仲間である友人の建築家達が依頼され、素敵な建物が生まれました。

KGU空き家プロジェクトのメンバーと(左が筆者)

KGU空き家プロジェクトのメンバーと(左が筆者)

 

これが私の空き家再生プロジェクトのスタートです。その後も継続して空き家再生を行っておりますが、関東学院大学でも、KGU空き家プロジェクトの仲間たちと、授業や課外活動を通じて、空き家再生の活動を楽しんでいます。

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