教員紹介

人間共生学部教員コラム vol.117

2013.03.07  増田 奏

プライバシーとコミュニティー

私は共生デザイン学科で居住関係の演習科目と卒業制作の指導を担当しています。この授業で接する学生は主に3年生と4年生ですが、毎年の5月頃、大学に入学して間もない新入生の前で話をする機会が一度だけあります。そこで彼らに必ずある質問をしてみることにしています。
新入生ですから、実家から通っている人の他に、入学を機に一人暮らしを始めた人もいるわけですが、そんな彼らそれぞれに、「実家から通うのと、一人暮らしと、どっちがいい?」と聞いてみるのです。
それに対する答えで例年変わらないのが、実家通学の学生が「一人暮らし」を羨望していることです。
これは予想通り。家族から離れてノビノビしたい、口うるさい小言から逃れたい、という訳でしょう。
ところが、肝心の一人暮らしの学生達の反応は・・・ウン?、エッ、ウーム・・・と意外に微妙です。
そりゃそうかもしれません。一人暮らしを始めて、あらためて実家のありがたさに気づくのでしょう。
「気まま、気楽、気兼ねなく」の軽さと一緒に、「自己決定、自己管理、自己責任」の重さがズドン。
この両者が実は「セット」なんだという現実に直面しているはずです。
どうやらプライバシーの確保とコミュニケイションの維持とは、コチラを立てればアチラがたたずの二律背反のようですね。考えてみれば、そんな二者択一や、両天秤の調整や、危ういバランスなどは、実は身の廻りにいくらでもあって、そんな中をヨレヨレ歩いて行くのが「日常」ということなのかもしれません。

 

 

さて、本年度も建築系の卒業制作に挑む4年生三人を指導しました。テーマは各人が設定しますが、私がひとつ提示した条件は「居住関連の空間を設計する」でした。何故「居住関連」に限定したのか?
もちろんその理由は、プライバシーとコミュニケイションの間に横たわる相克や葛藤に想いを馳せて、大いに悩んで欲しかったからです。「住まい」ほどこのジレンマが生々しく現れる空間はありません。
一緒に暮すことの楽しさと煩わしさはセットであり、一人で暮すことの気楽さと厳しさもセットです。
プライバシーとコミュニケイションの意識(ソフト)を、専有と共有という空間の設定(ハード)に、置き換えて行くなかで、「形には意味があり、意味は形にできる」ことを実感して欲しかったのです。
以下に、三作品の模型写真を紹介しましょう。

 

 

一番目の作品は学生街に建てる学生寮です。様々な大学の学生達がこの場所で共同生活して行く上で、個人のプライバシーを確保しながらも、さらに共有する空間を幾重にも重層させているのが特徴です。

 

 

二番目の作品は戸建住宅地域の外部空間の提案です。区分された各戸が専有庭だけを持つのではなく、地域に開放された遊歩道や近隣で限定共有するデッキ等が、各戸の土間を接点に織り込まれています。

 

 

 

三番目の作品は新陳代謝する共同住宅の提案。建設当初の住戸構成が永続的に固定されるのではなく、互換性を持った空間ユニットが、住民の家族構成の変化に応じて移設できる、有機的空間構成が特徴。

 

以上の三作品に共通するのは、専有空間と共有空間の役割分担を十分に意識した計画であることです。

 

 

増田 奏(共生デザイン学科)

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