教員紹介

人間共生学部教員コラム vol.112

2012.12.06  杉田 正樹

子どもの哲学

今、「子どもの哲学」にはまっています。

 

 

子どもたちに考えてみたい問題を出してもらい、それをみんなで考えようというものです。

 

 

ちょっと調べれば分かるような問題ではなく、答がなかなか見つからないような問題、答がないかもしれないような問題を、輪になって、みんなで考えるのです。

 

 

これは、三春台にある関東学院の小学校の5年生の例です。

 

 

「どうして私たちは生きてるんだろう?」、という問いがでました。「神様が選んでくださったから」、と誰かが答えました。さすがに関東学院の小学校です。すると、「神様が選んでくださったのに、どうして悪い人がいるんだろう?」という問いが投げかけられました。別の生徒が、「悪いことを学べば用心できるんじゃない」、と答えました。これに対して、「悪い人がいなければ、悪いことを学ぶ必要ないじゃん」、とさらに問いがでてきました。

 

 

ライプニッツ顔負けの神義論(弁神論)が、小学生によって展開されたのです。

 

 

子どもたちの間で、地球が滅ぶかも知れない、という考えがあることに驚くのですが、これに関して、「宇宙はどうやって始まったんだろう」という問いが出ました。終末に向かう問いが始元に向き変えられたのでしょうか。

 

 

ある生徒が、「ビッグバンだよ」、と答えました。すると、「ビッグバンって何?」、と質問が出ました。「何にもない状態から爆発して物質が出てくるんだ」と、なかなか良く知っている生徒が答えます。すると、「そのとき誰もいないのに、どうして何もないって分かるの?」という質問が飛び出しました。

 

 

子どもたちの素直な好奇心や柔軟な思考力は驚くばかりです。これを大学生に使わない手はありません。現在、私は大学でもこれをやっています。「信頼とは何か」「暇とは何か」「善とは何か」「幸福とは何か」などなど。

 

 

もともと哲学は、答えのない問題を、ああでもないこうでもないと、知恵を出し合って、問そのものを深めてきたのでした。ソクラテスが示したように、根本には対話があります。哲学は、自分の無知を自覚する過程でもありました。ヘーゲルは、「哲学の道は懐疑の道であり、それは絶望の道だ」と言いましたが、子どもたちは絶望どころか楽しんでいるようです。

 

 

実際、アンケートを見ておどろきました。「楽しかった」、「みんながどんなことを考えているか分かって楽しかった」、「今回は発言できなかったけれど、次には発言したい」、という多くの声にまじって、こんなものがあったからです。「自分の発言に沢山反対があったけれどうれしかった。自分の意見がみんなに届いていて、分かってもらえていることがわかったから」、というのです。こんな成熟した生徒がいるのです。将来が楽しみです。

 

 

調査によれば、「子どもの哲学」は、クラスに団結心をもたらすそうです。難しい問題に、力を合わせて、お互いの言うことを良く聴きながら挑戦するからでしょう。

 

 

これはもう「子どもの哲学」ではなく、立派な「哲学」だと言えるのではないでしょうか。

 

 

杉田 正樹(共生デザイン学科)

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