教員紹介

人間共生学部教員コラム vol.111

2012.11.29  デニス J.ノーラン

大学で獲得すべき能力

大学で行う教育の目標は学生の批評的思考力を向上することにあります。昔から大学卒に対する社会の要望は、この手の能力を不可欠のものとしましたが、その期待は現在でも変わりません。どの学部の出身であっても、この能力は当然に備わると考えられますが、特に人文科学の一分野を専攻した人に対しては要求が高いと思います。それは人文科学がこの能力養成に焦点を合わせるからです。批評的思考力が必要とすることは、意図的に教養された知的習慣と幾種類かのスキルが旨く機能し、高めあうことです。

 

 

先ず、知的習慣について述べたいと思います。その一つは健全たる好奇心への無制限の範囲を与えることです。学問的研究においてもこれが主要な源であります。しかし好奇心が実るために指導が必要です。指導されなければ、単なる漫然とした好奇心に終わることになります。大学で学問的訓練の一要素として、授業の担当者は望まし限の範囲を与えることです。学問的研究においてもこれが主要な源であります。しかし好奇心が実るために指導が必要です。指導されなければ、単なる漫然とした好奇心に終わることになります。大学で学問的訓練の一要素として、授業の担当者は望ましい結果を得るために学生の指導に取り組みます。例えば、講義科目において学生が目指している分野の内容と範囲が担当者の話によって明確となります。また、ゼミナールでは自然に備わっている好奇心を研究に打ち込み、選択した課題について知識に基づいた理解を獲得するのです。担当者とゼミ仲間から発言されることに対し、自分の考えや理念を説明しうる思索を深めることにより、課題への考察のプロセスの客観性を持たせることになります。授業の形式はなんであろうとも、学生のインナービジョンを引き出し、それを確かなる方向に導き、最後までそのビジョンが事実と一貫した理念に基づいていることは教員の務めと理解します。

 

 

もう一つの重要な知的習慣は、一般に受け入れられている観念・意見をただ受け入れることではなく、徹底的に自分で考えることです。現在ではこれが困難になっています。看板、電車内の広告、新聞、ラジオ・テレビ・インターネットに載せている広告、サブリミナル効果を狙った広告などは、寸断なく物に対する欲望をかき立てています。潜在意識下で働き、その影響は遙かに我々の即時の買い物の選択を超えます。累積結果の一つが我々のアイデンティティーは消費者として定義されてしまい、各々に任されている最大の課題は、生命力がある限り数多くメディアによってかき立てられたニーズを堪能させることであります。我々を責め立てる抑制を知らないマーケティングは企業が最高に利益を得ることが目的で、その企業がメディア関係の企業(場合において同族会社である)にキャンペーンを要請します。現在では主なるメディアは大企業であるので、それらの機関から流れるニュース、または、ニュースの解釈は企業のアジェンダを説得させ、進ませるために合わせられています。言うまでもなく企業のアジェンダは決して一般の人と同等のものでもないし、守ってくれるようなものでもありません。あくまでも株主と企業の重役が利益を得るために市場から儲けを絞り出すことが目的です。世論で流布する誤報は企業の利己的な構成概念と見抜くために、学生がメディアで流されているデータ・情報・概念とそれを裏付ける信念を当たり前のように疑う必要があります。通説の考えと見方に異議を唱えることには練習が要りますが、最後には自主独立の考える人となります。

 

 

ここで述べる重要な知的習慣は、発言・記述・行動において、自分が思っていることに凛とした忠実的な姿勢を保つことです。このことは、社会において難しい立場に置かれることになることもありますから行動を起こすには事実に基づく考えを持ち、それを表現する言葉を巧みに選ぶことも大切になります。しかし雄弁を特別に注目していません。ここで各自による社会作りが最終の目標であるので、最も基本的なことは相手に対する尊敬が重要かつ根本であり、尊敬の念が反映する言動が大切と思います。

 

 

批評的思考力を向上するには、上記で述べた三つの知的習慣を育てなければなりませんが、始めに述べたように、スキルの上達も求められます。その一つとして大切な読書力について述べてみます。読書については三つのポイントがあります。

 

 

先に述べたように、好奇心はほとんどの人が持っている性分ではありますが、先ず、第一のポイントは学究的なプログラムで取り入れる読書における好奇心は、専攻した分野、特にその分野に多く貢献した学者の著書を広く読むことを意味します。ほとんどの場合これらの学者は、文章が上手であり、またその著書は旨く編集されています。言葉で才能のある人の文章を読むことは良い作文を書くことに欠かすことが出来ない予習となります。その上に、権威ある学者は分野の先端を行く人であります。第二のポイントとしては、第一のポイントと似てはいますが、しっかりと彼らの著作本を読むことです。見解を変え、または、新しい情報の導入で権威ある学者が述べた結果、概念と意見の再確認、補いまたは否定するレポートは作成可能となります。限られた時間の中で研究可能のテーマを見つけるには、この方法は優れています。読書で得られる第三のポイントは説得力のある筋を立てることであります。明確に書かれている分析的論文の読書によってデータ、情報、科学的発見、実例、類似する事情の妥当的な使い方と権威ある学者の引用を論理的な枠に組み立てる予備練習となります。

 

 

このように育てた批評的思考力が未完に終わらないため、その力の応用が大切になります。学問の世界では、この応用は発表と論文の形となります。授業では発表を行ったり、論文を書いたりして、思考力を高めるための場面が多く設けられています。教師の中には有能な話し手がいますから、出席するだけでその技術を学べます。もっと能動的に自分を磨きたいならば、授業中に質問をしたり、発言をしたりすることを薦めます。多くの教員は積極的に授業の参加を応援します。ゼミナールでは、学生は当然に自分たちの研究課題に対して前向きに取り組んでいることを前提にしています。またゼミでは発表する機会が多く、理論的に組み立てた研究論文提出は一般的となっています。仲間と教員は定期的にグループで論評しますので、これらのアクティビティは学生のコミュニケーション・スキルズに磨きをかけます。

 

 

今まで学問の世界で考えた批評的思考力の重要性は現在の社会において尚更大事な能力となっています。福島原発災害、地球温暖化と一種の生物学的ロシアンルーレットの現状といわれる人体への影響が定かでない遺伝子入れ替えの植物またはジオ環境工学で生まれたケムトレイル(飛行機をもってばらまく重金属を含むエーロゾル)などによって生態圏に導入された、この四つだけの新事実に絞って考えると大自然の生態が侵されていることは否定し難いことです。それに経済及び社会秩序がグロバールの規模で過剰なストレスを受けていることが解れば、人類が妥当な生活水準を保てるかどうかという深刻な問題に我々のほとんどが直面しています。批評的思考力は単なる学問的世界におけるお稽古ごとで終わらないように、危機に瀕する現在に衝撃を与える必要があります。各自の日常生活の根本に批評的思考を智慧的に応用し、実践的な変革をもたらすべきであります。こういう思考力は現状とかみ合う智慧及び突き落とされた不安な状況の解決方向へ能力を高める洞察の接点とならざるを得ないでしょう。必ずやそうなった思考力は違う生き方を導くでしょう。各自が疎外される環境においてマーケティングが押しつける必要性が薄い品物を消費というちっぽけな快楽にふける代わりに互いに、手を差し伸べてこの地球における生命を保護する行動を最大に評価する社会に導くに違いないと思います。

 

 

デニス J.ノーラン(コミュニケーション学科)

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